龍と白サギ
創作民話 むかし福生第九話「龍と白サギ」
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むかし、永田の わたしばのちかくに、父と男の子が すんでいました。
男の子は、平吉といって、弓がじょうずで、とりもさかなも、弓で とるほどの うでまえでした。
ある日、多摩川で、さかなを さがしていると、こ舟が うかんでいました。こ舟の上では、川むこうの お城のおひめさまが、おともの人と たのしそうに あそんでいました。
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「なんて、かわいげな おひめさまだべ」
平吉が みとれていると、そのこ舟が ふいに、グラグラッと ゆれて、
ザッブーン
と、ひっくりかえって しまいました。平吉は、弓矢をほうりだして 川に とびこみました。ぬき手をきって こ舟に およぎついた平吉は、おぼれている おひめさまと、おともの人を たすけあげました。
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「おひめさま、けがは ねぇべか?」
きれいなきものは ずぶぬれ。でも、おひめさまは げんきそうです。
「ありがとう、もう だいじょうぶです。でも、きゅうに、どうしたのでしょう?」
とつぜんの できごとに、おどろいたようすです。こ舟は、ひっくりかえったままですが、川はしずかです。
「川では、なにがおきるか わからねぇ。きぃつけてくらっしぇ」
平吉も、くびをかしげました。
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「とにかく そなたは、わしの いのちの おんじんです。おれいをしたいので、あすにでも お城から おむかいをやります」
おひめさまは、平吉の手をにぎってやくそくしました。
「ほんとかやぁ、うそっぺいじゃ ねえべよぉ」
平吉は、大よろこび。すなの上で、デングリがえしを 三つもしました。
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川ぞこで、それをみていた龍が、くやしがりました。その龍は、まえから おひめさまを きにいっていて、およめさんにしようと、若い男に化けては なんかいもなんかいも お城へいき、そのたびに ことわられて いたのです。それで、きょうこそ おひめさまを 手にいれようと、こ舟をひっくりかえし、川ぞこへ ひきずりこもうとしたのです。それなのに、平吉がよけいなことをして たすけてしまったのです。
龍は、すっかりあたまにきて、
「いまに みていろ!」
と、さけぶなり、たつまきをおこして 天にかけのぼりました。
と、みるまに、空はまっくらになり、大雨がふってきました。
おひめさまは お城へ、平吉は 家へと、おおいそぎで かえりました。
多摩川や上水は、みるみる 水がふえてきました。そして、とうとう 川から 水があふれだして、川原の田や畑を、おしながして しまいました。
なん日かして、やっと 雨もやみ、川の水もひきました。
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平吉は、なきそうになりました。この大雨と洪水で、田も畑もなくなり、家をまもろうとした父は、大けがをしたのです。これでは、お城から むかえがきても、いけません。
平吉は、あれはてた川原にいき、とおくにみえる お城にむかって
「おひめさま、さようなら」
と、いいました。
すると、どこからともなく 一わの 白サギが とんできました。平吉のそばの 大きな石にとまって、なきはじめました。
それは、
「ガンバレ ガンバレ」
と、いっているように きこえました。
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平吉は それをきいても、力なく くびをふるだけです。
「ガンバレ ガンバレ」
「シッカリ シッカリ」
その白サギは、平吉のいくところ いくところへ ついてきては、なきつづけるのでした。
平吉は、だんだん うるさく なってきました。
「うるせぇな、がんばれだの しっかりだのって。おらのきもちも しらねぇでよ」
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平吉は、やなぎのえだで 弓をつくり、かやの矢をつがえました。白サギは、にげようともしないで、かなしそうな 目をしました。平吉のはなった矢は、白サギのむねに つきささりました。
そのとき、とつぜん、川のほうから 大声がしました。
「わっはっはっはっは‥‥、その白サギは、わしのいうことを きかなかったばつに、すがたをかえてやった 城のひめじゃ。どうだ、おどろいたか。田や畑を ながしたのも、このわしじゃ、わっはっはっは、ザマーミロ」
みると、大きな龍が、川のなかから くびをもたげて、大わらいを していました。
「しまった!」
はねをひろげて まいあがった 白サギのむねは、矢がささったまま まっ赤な血でそまっています。
「お、おひめ、おひめさまとは しらねぇで、なんてことを」
平吉はなきさけびながら おいかけました。
白サギは 空をとびながら、体から 一ばんふといはねを一本、くちばしでぬきとりました。そして、
「ふうっ」
と、龍をめがけて ふきとばしました。
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「ギャーッ」
はねは、大口をあけていた 龍の のどのおくに つきささりました。
血が ビューッ、とふきだしました。
「ガォーッ」
龍は、水しぶきをあげて のたうちまわりました。多摩川の水は、血でまっ赤にそまっていきました。
白サギは、龍がしぬのを みとどけると、川原の上を ぐるぐると まいはじめました。
すると、ふしぎなことに、白サギのむねから したたりおちる 血のしずくが、一つ一つ れんげの花に かわるのです。あれはてた川原は、みるみる うつくしい れんげ畑に かわっていきました。
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「平吉、あとは がんばるのよ」
と、くるしそうに いいのこすと、お城のほうにむかって とんでいきました。
「おひめさまあっ、もどってきて くんろぃ」
平吉は、とびさっていく 白サギに、声をかぎりに さけびました。でも、もう二度と 白サギは、かえってきませんでした。
平吉は かなしみをこらえ、父のせわをしながら、あれた田や畑をたがやし、ひるも夜も がんばりました。やがて 父のけがもなおり、しあわせに くらせるようになりました。
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それというのも、平吉の耳には、
「ガンバレ、シッカリ」
と、いう、白サギの声が、いつまでも いつまでも きこえていたからだ、ということです。
いまでも、れんげの花が さくころになると、多摩川のきしべに、一わの白サギが、どこからともなく とんできて、だれかをさがしているそうです。
お母様へ
●滝山城
八王子滝山にあって、豪族・大石定久が後に、北條氏照に譲ったといわれ、要塞堅固な山城でした。
●永田の渡し
永田橋のところで、冬の減水期には土橋を作って通行したそうです。
●れんげ畑
今の南、北田園の河川敷一帯は、春ともなれば見渡す限りれんげ畑で、見事な花ざかりが見られました。
●白サギ
福生の野鳥でもあり、市のマークになっていて、市民に親しまれています。